1992 ロシア日記

1992.10.03〜10.17  はじめに

 大学院の修士2年の時、研究室の調査旅行でロシアへ2週間滞在した。訪れたのはロシア極東のハバロフスク、ウラジオストク、それから首都モスクワで、滞在日程は以下。研究室としての主な調査地はウラジオストクだったので、2週間のロシア滞在中、1週間はウラジオで都市・建築の調査を行った。

10/03
10/03〜10/04 
10/04〜10/12 
10/13〜10/15 
10/16〜10/17 
10/17
新潟→ハバロフスク
ハバロフスク
ウラジオストク
モスクワ
ハバロフスク
ハバロフスク→新潟

 帰国後、この旅行中に書き留めていた日誌を加筆して、ひとまとまりの日記とした。下のリンク先は、2006年12月になって、当時のテキストデータをBlog記事とした日記である。

都市徘徊blog > 1992年10月 ロシア日記・記事一覧

 Blog化に際しては、当初はほとんど加筆していなかったが、作業をのんびりやっている内に、状況がいろいろ変わり、またインターネットによって様々なことを調べて新たに補足することができるようになった。このため、以前は分からなかったこと、最近の状況や建物の位置なども加筆し、古い記事についても遡って修正・加筆をしている。

 軍港都市ウラジオストクは、冷戦の終結を受け、90年台になってようやく外国人の立ち入りが認められた街で、1992年当時は訪れる外国人もまだ少ない状態だった。現在ではかなりアジア系の外国人も多くなったようだが、当時はまだ日本人などは珍しがられた。ソビエトからロシアになったばかりで、経済状態・経済感覚も日本とは全く異なる文化であるので、かなりのカルチャーショックを私は受けた。

 私の初めての海外旅行はこのロシア旅行だった。以下は初めて外国へ行った私が限られた範囲ながら体験した、ロシアという国の実態についての記述である。

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