NTT中野統制無線中継所


Photo 1987.6.21 公団住宅から、鉄塔群と西新宿の超高層ビル群

NTT中野統制無線中継所
所在地:中野区上高田5-15
建設年:5基の鉄塔が、1947年から1953年の間に建設された。

 中野区立上高田図書館・児童館になるなどして、一部が取り壊されたが、1987年時点で3基の鉄塔が残っていた。1989年に全て解体。その後、しばらくは空地で消防訓練場だったが、マンションが建設された。


Photo 1987.10.11 朝焼けの中の鉄塔


Photo 1989.7.6 解体途中。残るは一基


Photo 1989.7.12 最後の一基も解体される。


Photo 2000.4.16 無線中継所跡地 消防訓練場として利用されていた頃の様子。

 戦前からの施設で、戦争中は長波の送信塔で、洋上の艦船と交信するための施設だったという話もあったが、そうではないらしい。無線塔が建っていた敷地は、もとは三井家の墓所だった場所で、戦後になって、三井家から電電公社に売却され、鉄塔が建てられたという。電電公社は、松が丘、上高田付近が高台で、見通しが比較的良かったので、通信塔を建てるために購入したらしい。

住宅地図・航空写真等での確認状況
・戦前の1/10,000地形図等には記載なし。(1917、1923、1926、1929、1930、1931、1932、1939、1940の全てに記載なし。)
・米軍航空写真(1/10,000 1947)では確認できず(多少不鮮明で確認しにくい)。
・帝都地形図(株式会社日本地形社、1/3,000 上高田、1947、東京都立中央図書館蔵)では、該当地は三井家墓所とされており、解説に、戦後、三井家から電電公社に売却され、無線塔が建てられたとの記載がある。
・東京航空写真地図第二集(写真測量所編、創元社刊、1953年3月発行、東京都立中央図書館蔵)には、5基の鉄塔が写っている。
・1956年版の国土地理院の地形図(1/10,000 新井)では5基の鉄塔が記載されている。
・落合新聞(1963年発行)には、「落合遠望」として4基の鉄塔が写っているが、前後の事実関係を考えると、重なるなどして、5基の内1基が見えなかったものらしい。
・この後、国土地理院の航空写真(1/10,000 1963年〜1984)では5基の鉄塔が写っている。
・1988年発行の住宅地図では4基となっており、5基のうち一部は80年代半ばに既に取り壊されていたことが判る。1基は現在の中野区立上高田図書館・児童館の場所にあり、この建物の建設に伴い解体された模様。

 呼称は、時代と共に多少替わっている。(名称記載法の資料による違いの可能性もあり)
「江古田無線中継所」東京都全住宅案内図帳(1958・人文社)
「日本電信電話公社・江古田統制無線中継所」住宅案内地図帳(1968・住宅協会地図部編集室編 1/2,000)
「日本電信電話公社・江古田統制無線中継所」航空住宅地図帳・中野区版(1978・公共施設地図航空株式会社 1/1,720)
「NTT中野統制無線中継所」ゼンリン住宅地図(1988・ゼンリン 1/1,500)

都市徘徊Blog 2007.5.5

2007.04.29 訂正加筆。
2007.12.20 上高田地域センターを上高田図書館・児童館に訂正。
Blog記事へのリンクを追加

2007.12.20
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