Site Y.M. 建築・都市徘徊

東京の階段に関する研究
−その3 都心部における階段景観の変化−


■はじめに
 東京の都心部山の手は、地形の起伏が複雑で谷や丘が多い地域になっている。そこには数多くの階段が存在し、これらは都市の風景に変化を与え、境界的要素として個性的な都市景観を創り出してきた。
 その1、その2では、都心部における階段の分布状況及び、それら階段の形態の類型的把握を行った。これらを踏まえ、本稿では都心部に存在する階段とその景観の変化状況について述べ、併せて都心市街地における景観整備と保全について若干の考察を行うこととする。


■調査対象地域と調査方法
 調査対象地域はその1、2同様、江戸以来の地形をおよそ残していると考えられる、東京旧十五区内の山の手部分とし、これに該当する山手線の内側の地域とした。そして既往の調査によって抽出された階段の長期的観察及び文献調査から、その変化状況を把握した。


■階段の景観変化
 対象地域には650弱の階段が存在する(注1)。この内1994年から1999年の間に何らかの変化(改修、新設、廃止等)が認められるものは34(注2)、また1990年代以降に改修等が行われたであろうと推測されるものを含めると69(注3)であり、10年間で全体の約1割に変化があったことになる。このうち主な変化としては改修・修繕が44であり、以下新設10、改築9、廃止・取り壊しが6である。

表 都心部の階段の変化事例(最近10年以内のもの)
  所在地 変化の状況(変更時期) 備考(理由など)

小規模な改修
港区高輪2-2-26 舗装の変更(コンクリート→石畳)(1997) 私道敷地所有者(寺院)による改修
文京区大塚5-8-12・13 コンクリート舗装の修繕(1995) 老朽化、周辺建物の修繕に伴うもの
文京区関口3-1・3・4 手摺の設置、コンクリート舗装の修繕(1998) 文京区による道路整備(私道)

改築
新宿区荒木町5 全面的改築、道路拡幅、段数、蹴上、踏み面、素材の変更(1996)(写真1-a / 1-b 隣接地でのビル建設時の基礎工事に伴うもの
新宿区市谷薬王寺町17 段数、蹴上、踏み面サイズ、舗装素材の変更、植栽、踊り場の設置(1993) 新宿区による道路整備(区道)
豊島区東池袋5-50・51 道路拡幅、拡幅部は既存部分の継ぎ足し(1997) マンション建設に伴う壁面後退(私道(細街路)を拡幅)によるもの
千代田区永田町2-11 新設(1999) 日枝神社参道として

大規模な変更
港区赤坂8-11・9-6 付け替え(一部が鉄製の階段となる)(1995) 周辺での道路トンネル建設工事に伴うもの
港区六本木1-4・6 取り壊し(大規模に地形が改変)(1999) (写真2-a / 2-b / 2-c 六本木1丁目再開発事業によるもの
港区六本木6-11・12
〃  〃 6-15・16
取り壊し予定 六本木6丁目再開発事業地区内

1)小規模な改修・修繕
 既存の階段の変化として最も多いのは、舗装の修復、変更、手摺の取り付け、交換である。階段は私道上に存在することが多いが、これらの舗装は建設後長い年月が経過し、傷みが激しく割れるなどしている。この場合、周辺建物の建て替えに伴い、敷地所有者によってコンクリート等で部分的に改修、修繕されることが多い。階段の傾斜、蹴上や踏み面、舗装などの状況が、同一階段内でもまちまちな状態で統一感に欠けた様相を呈することもあるが、結果的に階段毎に仕様が異なり、図らずも景観的な多様性や固有性が生まれている。
 一方、公道上の階段の改修においては、階段全体に対して規格化された工業製品を用いた整備がなされることが多い。例えば表面がコンクリート舗装からタイル敷きに変更されたり、従来の鉄製で錆び付いていた手摺が、アルミ製の規格品にされるなどである。このような場合、階段は小綺麗にはなるが画一的な景観に陥ることも多く、固有の景観が却って損なわれることがある。例えば新宿区や文京区による改修では、どれもみな同じような舗装、手摺が用いられており、私道の階段に比してデザインの多様性はない。この他、近年はバリアフリー化の要求に応えて新規に手摺が設置されることが多い。

文京区関口3-1・3・4の階段の改修
改修前   舗装の修復   手摺の設置

2)改築
 道路隣接地でのビル建設(区の指導による細街路の解消)等に伴い、階段自体の幅員、段の形(踏み面、蹴上、段数)、素材、舗装、手摺等の付属物が全面的に変化することがある。この場合、階段の存在は変わらないが景観的な継続性は失われる。

 改修、改築の傾向として、素材の面では大谷石等の自然石が少なくなり、コンクリート、タイル敷きが増加していることが挙げられる。蹴上部分が自然石で造られ、土が露出したような階段は都心部にもまだあり、これらは昭和初期までの東京の面影を残すものとなっているが、現在の趨勢から判断すると、将来的には改築され全面が舗装されてしまうであろうと考えられる。また手摺等の付属物が、鉄やコンクリートからアルミなど劣化の少ない材料に替えられることが挙げられる。しかしこの結果、階段自体の景観は全体に平板なものになる傾向にある(写真1-a / 1-b)。

1.新宿区荒木町5
1-a 改築前   1-b 改築後

新宿区市谷薬王寺町17の階段の改築
改築前   改築後

 この他、従来の階段ではステップの大きさや形状が変則的なものが多く、美的であるか否かは別として、それが特徴として印象的であることが多かったが、改築後は一般にこのような自然発生的な不規則性は失われ、均質化が進む傾向にある。

3)大規模な変更
 近年の都心部山の手での再開発事業に際しては、既存の階段が取り壊され消滅したり、大幅に道筋を変え造り替えられる場合がある。廃止・取り壊しの場合、景観の喪失と共に階段の存在の記憶も失われて行く。港区六本木における大谷石の階段と周辺の斜面地景観(写真2-a / 2-b)は、最早二度と見ることができない。同様の変化は過去に隣接する赤坂六本木再開発(ARK HILLS)でもあり、その際は雁木坂と呼ばれる由緒ある階段が消滅し、現在ではその旧所在地、原地形は全く判別できない。このような変化は現在も都心部各所で進行中で、これは東京都心での開発が他に比べて多いことの現れでもある。
 一方、新規に設置される階段もあるが、その大半は大規模な建築物の公開空地内に設置されるもので、従来の地形に即した階段に比べ、場所性には乏しい。

2.港区六本木1-4・6 (取り壊し前)
2-a 中段部分  2-b 下部から  2-c 上部


■階段周辺における景観変化
 豊島区高田の事例(写真3-a / 3-b)では、樹木が伐採され右手の擁壁も無くなっている。このように擁壁や建築物、樹木の状況や、路上からの眺望に変化があった場合、階段自体には変化がなくても階段を含む景観とそこから得られる印象が受ける影響は大きい。

3.豊島区高田1-23(日無坂)
3-a 1991年   3-b 1997年

新宿区河田町(念仏坂)周辺建物の建て替えによる景観変化
  


■まとめ
 近年では、地形の保全や坂からの眺望の保護は、自治体の景観計画等でも謳われている。しかし本稿で述べたような、局地的で微細な変化に対する考え方にまでは触れられていないのが現状である。東京都心部の市街地では住環境整備、街路景観整備の一環としての美化、修景事業、安全対策面からの整備は行われているが、歴史的、文化的側面を考慮した、坂や階段及び周辺景観の保全、整備は殆ど行われていない。
 階段の中には坂同様に呼称があり著名なものや、地域の景観資源となっているものも多い。しかしこれらはそれに相応しい整備改修が行われないと、却って価値を失う可能性もある。従って今後は、坂道の眺望保全同様、現況の景観の特性を多角的に評価し、数ある階段の中から景観を保全すべきものを明らかにして、階段と周辺の景観保全や整備方法について考慮されることが望まれる。


注1:2000年3月迄に確認できた山の手線の内側の地域における階段の箇所数は644。階段の抽出には1/1,500住宅地図を用い、フィールド調査により確認を行った。また地域住民の共用空間であることを条件とし、一建築物へのアプローチは除いた。
注2:フィールド調査時の写真の比較により変化が確認できたもの、もしくは路上に改修の標識があり時期が特定できたもの。
注3:近年の新宿区、文京区等による階段の改修(タイル敷きで、デザインされた手摺を用いるなどしているもの)が行われたものを90年代以降の改修として扱い、これらを前記のものに加えた場合。

なお本HPでは事例の画像を補足している。


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