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東京の微地形に関する研究 その4
 :シークエンスが変化する自然発生的街路空間の特性


■はじめに
 現在の東京の街路空間は一見したところでは線的な道路によって均質化されたが、一方で崖や斜面地といった地形の起伏が開発の妨げとなった場所では、長い時間をかけて自然発生的に形成された街路空間が数多く存在する。それらの個性ある街路空間には、地形との対応が見られまた地図上では計り知れないシークエンスの複雑さが感じられる。
 近年、都市における人間の見直しがされるようになり、東京でもまだ少数ではあるが実際にスケール、場面展開、動線等に注目した視線の計画など街路空間において様々な試みがされている。しかしこのような計画的街路とは異なり、シークエンスが変化する自然発生的な街路空間には、ある意味で無計画に無意識に形成されたことによる魅力があるのではないかと思われる。
 本稿では、地形に起伏のある東京の山手線内に現存する、シークエンスが変化する自然発生的街路空間について調査・分析し、これらの街路空間の特性を把握しその価値について考察している。


■調査対象地域と調査方法
 調査対象地域はJR山手線内(東京旧十五区内の山の手部分の高低差のある地域)とし、1/10,000地形図とフィールド調査より全80箇所の調査対象地区を選別した。そして地形的特徴によって調査対象地域を大別し、そこに含まれる調査対象地区に共通して見られる空間性とシークエンスの変化に着目した。また、調査対象地区全般に見られた自然発生的な要素にも着目した。


■空間構造の類型
 シークエンスの変化に深く関わる要素として、planとsectionがあり、それぞれ湾曲・屈折と坂・階段・高低差なしに区分される。対象地はこれらを組み合わせた6つの類型に大別され(図―1 空間構造の類型)、調査対象地域におけるその類型の分布を図に示す(図―2 空間構造の類型)。


■地形に基づく空間性とシークエンスの変化
 東京の山の手の地形を皇居(城)を中心に城北、城西、城南に分けて捉えると、対象地の現況の調査より各々に共通した空間性とシークエンスの変化が見出される。

<城北>
 台地と台地の間に幅の広い谷がほぼ南北方向に直線的に奥深く入り込んでおり、支谷が少なく谷の形が比較的単純である。
 ここでは建築形態や敷地の大きさなどにおいて、地形に基づく台地と谷地での旧武家地と旧町人地の空間性の違いは明瞭である。また斜面に幅があり大きな起伏を持っているため、崖沿いの湾曲した街路や坂、階段ともに距離は長くシークエンスは連続的かつ緩やかに変化し、坂上や階段上からヴィスタの得られるものが多い。

<城西>
 台地を刻む開析谷地が少なく、谷地は浅く緩やかであり面的な広がりを持つ。
 ここでは坂や階段は距離が短く勾配の緩やかなものが多いが、planが屈折しているものが多く移動の転換が急であり折れ曲がることでシークエンスは短時間に急激に変化する。またplanは谷の地形的な広がりに限定され、坂や崖を境界にまとまりが見られる。

<城南>
 大きな谷地から支谷が数多く伸びており、舌状の突起台地や島状の独立した台地が多く、複雑に入り組んでいる。
 ここでは急な坂、階段が多く、歩幅、歩行のリズムの変化と共にシークエンスは急激に変化する。また崖も多く見られ、崖の高さが視線の高さよりも低いものはあまり意識されないが、高いものは見上げることで意識され道幅と高さの関係によっては人に圧迫感を感じさせる。さらにその道幅も変化するものが多くあり、道幅が変化すると広場的な広がりを持つ開放感とそれに対する囲繞感との空間体験にリズムが与えられ、シークエンスに空間の開閉を伴う細かな変化が生じる。


■自然発生的であることの影響
 時間をかけて多くの人の意図が重なりながらつくられてきた街路空間では、江戸時代の地形を重視した空間に生活の欲求に基づいたデザインが蓄積しており多様性がある。

(1)街路と建築の隙間
 門―前庭―玄関の構成を持つ高台の住宅だけではなく街路に直接面している住宅も溢れ出しや軒の出の陰影などによって街路との隙間にソフトに境界が重なっており、濃密さ、複雑さが感じられる。

(2)素材
 時間をかけてつくられた街路空間には、コンクリートなど凹凸のない素材と木や石など凹凸のある素材が、生活の欲求に合わせて使い分けられながら共存しており、シークエンスや足元の感触に変化を与えている。

(3)アイストップ
 街路空間を通行する際に視点の行き止まるところや、時間をかけて徐々に視野に入るところにある樹木、建物などは、見え隠れやシークエンスを通じて強いインパクトを与える。このアイストップは偶発的なものであり意外性を持っている。


■まとめ
 空間構造、構成要素は地形と自然発生的であることから影響を受けている一方で、その空間を通行する人間のシークエンスに影響を与えている。シークエンスが変化する自然発生的な街路空間の価値には以下の2つが見出される。

<重層性>
 地形によって分節された街路空間は、長時間蓄積したデザインが有機的に結びついている空間であり、ヒューマンスケールが保たれている。またそこではスケールによる緩やかな統一感が存在する一方で、多重な境界も見られる。

<場所性、固有性>
 地形を読みとった江戸の街づくりは今日の場所性の基盤となっている。この場所性は、アイストップや場所ごとに異なる人間の移動や構成要素によって多様に変化するシークエンスに現れる。

 以上のように本稿ではシークエンスが変化する自然発生的街路空間の特性を把握しその価値について考察したが、このことをふまえて街路空間のデザインの可能性として、計画に地形を合わせるのではなく防災や福祉を配慮しながらも地形の持つ境界性や秩序を利用することが考えられる。


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